ピンクレディー のミーが整形していた!解散後数度の再結成理由は?

ピンクレディーのミー
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でとっくす
こんにちは~

でとっくすです。

ピンクレディーのミーさん今年も頑張っていますよね!

ピンクレディーと言うといまのお父さんお母さんなら、子供の頃はひょっとして画面を見ながらピンクレディーといっしょに踊ったんじゃないでしょうか?


現在では歌手ミーとケイの二人それぞれで活動することが多いですね。


今は昔とかいいますけど、ピンクレディーはいつでも現役なんですね!

まあ日本全国、人気を独占と言った感じの当時ですが、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。


そのピンクレディー、そしてミーについて、過去をご紹介します。

ピンクレディー

ピンクレディーちょっと、おさらいをしておきましょう。

ピンク・レディー(Pink Lady)
 
1970年代後半に活躍したデュオのアイドル ミー (現:未唯mie)
本名:根本美鶴代
1958年3月9日生まれ 静岡市葵区出身
ケイ(現:増田恵子)
本名:桑木啓子(旧姓:増田)
1957年9月2日生まれ 静岡市葵区出身

ピンクレディー のミー が整形していた!

ピンクレディーの ミー が整形していた疑惑があります。

特に鼻らしいのです。 どうでしょうか。


ピンクレディーの全盛期から30年ぐらい経ちますし、年齢とともに、人間誰しも衰えますよね。

確かに、ミー の場合は、 年齢とともに衰えるどころか美しくなっている気がしますよね。


それで、簡単にビフォー・アフターしてみますと、

ビフォー

ピンクレディー


アフター

ピンクレディー

素人目にも、、 やはり、鼻筋なんかは年齢の割にというか、立派に見えますよね。

これは、整形の結果と見てもいいような、、、


それにしても、このお年でこれだけ美しいのなら、それが、整形であったにしても、

その効果・成功を 喜んだほうが良さそうですよね。


ちなみに、1978年の姿をご覧ください。


1978年(昭和53年)CM 宝石箱(アイス) ピンクレディー


ピンクレディーは解散して数度再結成したが、その理由は?


ピンクレディーの解散は、 経過を辿って行くと、ミー とケイに原因があるというより、戦略の失敗のようですね。

ピンクレディー
ピンクレディー: ミー (左)とケイ(右)


人気があり、日本国内を 全国制覇したかのような国民的アイドルは、路線を変えて、独自の道を模索したようです。

つまり、自分たちならなんでもできる、ピンクレディーの存在が強みと 感じていたのではないでしょうか。

その後


まだまだNHKの紅白歌合戦が 絶大な力を持っていた時代に、辞退してまでも、突き進んだ独自路線に無理が生じたんでしょうね。

さらに、専門家の間では、 海外・アメリカへの進出計画が原因と見られているようです。


つまり、国内への気配りが手薄になり、と言うか、なくなって、 ドンドン忘れ去られる羽目になった。

それが、解散を余儀なくされたんでしょうね。

ピンクレディー

ピンクレディー二人の仲が悪くなってとかじゃなく、逆に、ケイさんの恋も一つだったようです。

結婚話からの解散ですね。

数度の再結成


ズバリ、再結成は、未練じゃないでしょうか。

私的な見解ですが、キャンディーズのような絶頂期の燃え尽きというか、


有名な「普通の女の子に戻りたい」宣言とは違い、ピンクレディーは、ミー とケイの不完全燃焼感があったのでしょうね。

もちろん、ケイの私生活の事情とかが あったにせよ、それまでの、爆発的な人気を 二人がそれぞれに


消化できないまま 解散に追い込まれていったような 寂しさでしょうか。

ですから、まだまだなんとなく ピンクレディーは、存在理由があったんでしょうね


解散して、それぞれに活動を進めていくものの「またやろうよ」という間柄だったんでしょう。

体力の問題が、次第に顔をのぞかせるもののピンクレディーは、永遠ですみたいな


力強いメッセージを発しているような気がしますね。

様々の方面に影響を与え続けているピンクレディー、まだまだ頑張っていただきたいですね。

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ピンクレディーのミー

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